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富士に蛍

Nikon D810A + AF-S Nikkor 24-70mm f/2.8E ED VR
Nikon D810A + AF-S Nikkor 24-70mm f/2.8E ED VR

先日箱根にあるポーラ美術館に行ってきました。実はこの美術館の存在を知ったのは割と最近なのですが、2002年にオープンしたそうです。21世紀になってから起こった出来事は「割と最近」という感覚でうけとめてしまいがちですが、よくよく考えてみるともう14年近く経っています。ちかごろは「最近」という感覚がかなりいい加減になってしまいました。どうも自分が30歳になってから起こったことはすべて「最近」の一言で済ませてしまっているような気がします。ひょっとしたらあの頃から精神的にあまり成長していないのが原因かもしれません。

ポーラ美術館、なかなか良かったです。ルノアールやモネなどの西洋絵画が中心のコレクションでしたが、エミール・ガレなどの西洋ガラス工芸や東洋の陶磁器なども印象的でした。

美術館を訪れたのは土曜日でしたが、あまり混雑していませんでした。この美術館で一番有名な絵画はおそらくルノアールの『レース帽子の少女』なのでしょうが、5分ぐらい独占して、近づいたり離れたりして鑑賞できました。個人的にはルノアールはちょっと離れてみた方が良いなと思いましたが、混んでいる美術館では不可能ですからね。

先日、上野の東京都美術館で若冲生誕300年記念展が開催されました。ちょうど母の命日が初日だったので、お墓参りも兼ねて東京(正確に言うとお墓は川口市ですが)に戻ってみたのですが、初日でしかも金曜日だというのにすでに人がいっぱいでじっくりと鑑賞するのはとてもではないけど不可能でした。それでもまだだいぶましな方だったようで、その日以降はほぼ常に入場制限が掛かって入場するまで数時間待たされるようになったようです。京都の国立美術館で狩野派を観たときにも思いましたが、こういう大々的な展覧会で芸術品を鑑賞するのはもう無理ですね。とりあえず本物を観たという満足感以外は得られません。なにしろ少子高齢化が著しい社会ですから、平日の昼間に美術館を訪れても混んでることが多い。これからは各美術館のコレクションを調べて常設展狙いで行こうと思います。

Nikon D800E + AF-S Nikkor 14-24mm f/2.8G ED
Nikon D800E + AF-S Nikkor 14-24mm f/2.8G ED

箱根から富士吉田に帰る途中で蛍を撮影して帰ることにしました。ここはマイナーな撮影スポットだと思っていたのですが、驚いたことに次から次へとカメラマンがやってきて最終的には20人ぐらいまで増えていました。お約束のフラッシュをたいて蛍を撮ろうとするような困った人も現れ、なかなか困難な撮影でしたが、この日集まっていたのはわりと平和的な人が多かったので雰囲気は悪くなかったです。だけれどもここで撮影することはもうないかな。きっと来年はさらに増えているでしょう。

富士山撮影というか日本の風景写真の撮影は新時代に突入しているような気がします。有名スポットはもちろんマイナースポットも日に日に混雑していきます。SNSで写真を公開する時代になって、撮影場所はすぐに大勢の人に知られてしまうようになりました。GPSデータ付きで撮影場所を公開するようなウェブサイトまであります。確かにそういうサイトは初心者に便利なんでしょうが、人が集まることによって不可避的にマナーが悪い人も紛れ込んでしまうので、付帯的に発生するゴミの問題や小競り合いなどのトラブルについてもすこし考えてもらいたいものです。そのうち刃傷沙汰が起こるんじゃないの? と本気で心配になることがたまにあります。

Mt. Fuji with the Chureito pagoda in spring
Mt. Fuji with the Chureito pagoda in spring

更に先ほども言ったように少子高齢化が進んでいるので平日に行っても撮影スポットが空いているとは限りません。ただしみんな季節の旬な物(田貫湖のダイヤモンド富士とか忠霊塔の桜とか)を撮りたがるので一カ所に集まる傾向があります。わたしの知人は富士山を撮っている人が多いので、SNSのストリームには同じ日に同じ場所で撮った同じ構図の写真がわんさかとアップロードされてきます。そういう状況でオリジナリティを維持するというのはなかなか大変です。逆に言えば、あえて季節の旬な物に背を向ければ、混雑に悩まされることはなさそうです。あとはそもそも行くのが大変な場所などですね。南アルプスとか。

Mt. Fuji over the Kofu basin taken from Mt. Houou in the Southern Alps.
Mt. Fuji over the Kofu basin taken from Mt. Houou in the Southern Alps.

つくづく思うのは日本は人が多すぎるということ。少子高齢化が叫ばれていますし、実際に急激な人口構成の変化は大事件かもしれません。わたしには子供がいないので少子高齢化の話題になると肩身が狭い思いをするのが常です。たしかに日本経済の将来を中心に据えた価値観では子供を作らないのは悪徳なのかもしれないけれど、グローバルな観点で言えばホモサピエンスの個体数は明らかに多すぎるのだから子供を作らないことはむしろ美徳なんじゃないの? などと自己正当化したくなるときもありますが、たんに子供が欲しくないだけです。ええ。ま、でも日本列島に一億人以上の人間が住むようになったのは1966年以降、長い日本史のなかではほんの一時期に過ぎません。今の半分ぐらいでちょうどいいような気がします。問題は多数の老人を若い世代が支えなければならないということなのでしょうが、無理して支えないでいいんじゃないでしょうか。

尊厳死とか安楽死を真剣に考えた方が良い時期にきていますよね。若い世代に過大な負担を掛けて延命治療の財源を得るなんてばかげている。わたしの母親は膵臓がんで治る見込みがまったくなかったので、辛いから早く殺してくれと何回も懇願していましたが、殺人幇助になってしまうので医師としてもどうしようもありません。激痛に苦しみながら1ヶ月間長生きすることになんの意味があるのだろう? という疑問を振り払うことはできませんでした。私ももう治る見込みがないんだったら楽に死なせて欲しいです。死ぬのは仕方ないけど痛かったり苦しかったりするのは嫌だ、って思いません? 法整備ができている海外に行って死ぬという選択肢もありかもしれませんね。それまでに悔いがないようにやりたいことをすべてやっておきたいです。

ちなみにこの写真を撮影した日(6月11日)はわたしの45回目の誕生日でした。総じて言えばなかなか良い誕生日だったと思います。祝ってくれたみなさんどうもありがとうございます。

風景写真とバガヴァッドギーター

Nikon D810A + AF-S 14-24mm f/2.8G ED
Nikon D810A + AF-S  Nikkor 14-24mm f/2.8G ED

オーディオブックを日常的に聞く習慣がついてもう10年近く経つ。ドライブや散歩やジョギングなど集中力をあまり要求されないタスクをこなしているときにBGM代わりに聞くだけで、新たな知識を得ることができるので日常生活の大きな楽しみのひとつになっている。ここ数年は日本語のタイトルも増えてきたが、英語圏におけるオーディオブック市場の大きさは圧倒的だ。ある程度のセールスがあった本はすべてオーディオブック版も作られていて、最新のフィクションから古典まで楽しめる。というわけで近頃は写真撮影をしているときも一通り設定が終わると、オーディオブックを聞きながらシャッターを切る瞬間を待つのだが、ここ数日はエクナス・ イスワランがサンスクリット語から英語に訳した『バガヴァッド・ギーター』を聞きながら過ごしている。

『バガヴァッド・ギーター』は紀元前3世紀頃に書かれた聖典で、『マハーバーラタ』という巨大な叙事詩の一部となっている。マハトマ・ガンディーをはじめとする多くの偉人達に多大な影響を与えてきたのだが、日本ではそれほどポピュラーではないかもしれない。肉親との骨肉の争いに直面して「もうこんな戦いは嫌だ」と泣き言をならべるアルジュナ王子を彼の師匠であるクリシュナ(ヴィシュヌ神の8番目の化身)が叱咤激励しつつ解脱への道を解説してしまうと言うストーリーだ。ちなみにインドではお釈迦様(仏陀)はヴィシュヌの9番目の化身といわれていて、化身を意味するサンスクリット語のアヴァタラ(अवतार)は英語のアヴァター(avatar)の語源にもなっている。

クリシュナ曰く

『君の職務は行為そのものであり結果ではない。結果を目的にしてはいけない。無為に執着してもいけない。アルジュナよ、執着を捨て義務を遂行するのだ。成功と失敗は同一であると知れ。完全なる心の平静をヨガはもたらす』

富士の向こうに薄雲がかかっていたので劇的な夕焼けを期待して家を出た。良い結果を期待して撮影に出かけたわけなので、結果を目的にしていると解釈できてしまうが、絵になる風景を求めて撮影に出かけるというのは写真家のダルマ(職務)の範疇にはいる行為だろう。

Nikon D800E + AF-S Nikkor 24-70mm f/2.8E ED VR
Nikon D800E + AF-S Nikkor 24-70mm f/2.8E ED VR

自分の知識や経験にもとづいて、撮りたい絵が撮れる可能性が高い場所に向かうというのは風景写真家ならば当然おこなうべき行為だ。しかし、人間が自然現象をコントロールすることは不可能である以上、ひとたび撮影場所と時間を決定したら、自分で制御可能なことのみに専念する。たとえば、そのシーンを切り抜く最良の画角の選択だとか、構図をいろいろと試すとか、フォーカスをしっかり合わせるとか、露出を適切に設定するとかそういうところで最善を尽くす。劇的な夕焼けが訪れるか、月並みな夕暮れで終わるかはコントロールの埒外であり、そういうことに一喜一憂しないで、結果がどうであれ自分自身の行為に満足するように心がける。

ちなみにここで言う「ヨガ」とはフィットネスクラブで行う体操ではない。西洋や日本では「ハタヨガ」という流派の「アーサナ」と呼ばれるポーズの事をヨガと呼んでいるが、床に座ることを禅と呼ぶようなもので、ヨガという言葉の本来の意味と懸隔している。ここでクリシュナが説いているのは、行為を通して悟りへと至る「カルマヨガ」であり、フィットネスのエクササイズのことではない(だがエクササイズという行為そのものにカルマヨガを応用することは可能かもしれない)。バガヴァッド・ギーターの後半ではクリシュナへの絶対帰依を通して解脱へと至る「バクティヨガ」や叡智を通して悟りへと至る「ニャーナヨーガ」についても説かれているが、今回は触れません。個人的にはニャーナという響きは猫っぽくて好きですが。

This was how far I could apply the knowledge of the Gita to my photography. I’m sure I will gain more insights from this ancient wisdom and apply them to my everyday life as I read (and listen to) it over and over. But I can safely say that it wasn’t too difficult to detach from the fruit of my action in this case since I love nature in any form.

富士物語|自然の聲

yuga_2015fuji

栗田ゆが写真展 

富士物語|自然の聲

自然に意思はあるのだろうか?自然の声を聞いてみたくてカメラを抱えて駆けずり廻った。ファインダーをのぞいていると自分の中で何かが聞こえた。そうだ、僕たちはみんな自然なんだ。ただ忘れているだけだった。 / 栗田ゆが

栗田ゆが写真展

富士物語|自然の聲

会  期 6 月6 日[ 土] – 21 日[ 日] open 11:00-19:00

入場無料 会期中無休

会  場 Island Gallery

東京都中央区京橋1-5-5 B1 tel / 03-3517-2125

協  賛 マルマン株式会社 Canson Infinity

作家全日来廊

関連イベント

YouTube Live Talk 予定(6/6[土])

冬の撮影で一番大切なものは? もちろん、手袋!

Yuga Kurita Nikon Photographer's Gloves_DSC1441Nikon D5300 w/ AF-S Nikkor 85mm f/1.8G

綺麗な写真が撮りたい! と思った人がまず購入するのは、デジタル一眼レフカメラ本体とキットレンズだろう。初心者のうちはスペックの意味を理解できないので、「入門機」「プロ機」などというカテゴリーを頼りに購入する。少し経験を積むとレンズの重要度を理解して、明るいf値の単焦点レンズを購入したりする。クリップオンストロボ、三脚、専用Lプレート、アルカスイス雲台・・・ 徐々に、初心者の頃には用途すら理解できなかったものにまで手を出していく、そうやって、ステップアップしていった結果、最後にたどり着くのはなんだろうか? そう、手袋とストラップである。

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厳しくも美しい南アルプス (前編)

Yuga Kurita Mount Fuji Southern Alps December Winter_DSC0785Nikon D5300 w/ AF-S Nikkor 50mm f/1.8G

最近の富士山撮影熱は過熱する一方のようで、車ですぐ行ける有名な撮影スポットに行くと大勢のカメラマンがいる。もちろん、良い人も多いのだが、残念ながら「富士山好きに悪い人はいない」といえる状態ではない。スポットがちょっと有名になると、ゴミが散乱する。私は撮影スポットのゴミをしばしば拾って帰るが、きりがない。完全に無名のスポットが知る人ぞ知るマイナースポットになると、ゴミが一気に増える。メジャーなスポットは流石に周りの目があるので捨て難いのだろう。心が醜い人間は誰も見ていない時に本性を表すものだ。ずいぶんと後ろから広角で撮影して、前に人が来ると怒る人もいる。最初に来たからといって、場所を独占しても良いというものではないと思うのだが、譲り合いの精神というのが無いらしい。更には、後から来ておいて、後ろから広角で撮りたいからそこをどけ、とか言い出すちょっと信じられないメンタリティの人もいる。人のヘッドライトやペンライトが少しあたっただけで、激怒して怒鳴りだす人もいる。高齢者のほうが道徳的だったのは、昔の話です。

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