――批判の天才、しかし提示されたソリューションの効果と実現可能性は疑問
ヤニス・ヴァルファキスは、構造批判という一点においては間違いなく“天才”だと思う。『テクノ封建制』は、現代経済がどのような力学で動いているのかを、非常に鋭く言語化した一冊だ。

彼の中心的主張は明快である。
資本主義はすでに死んでおり、
私たちは「テクノ封建制」と呼ぶべき新しい支配体制の中にいる。
この診断は、かなりの説得力を持っている。
一方で、本書が提示する「ではどうするのか」という解決策については、
効果・実現可能性の両面で強い疑問が残る。
本書は 「現状分析の精度は非常に高いが、未来像は理想主義的すぎる」という、思想書にありがちなアンバランスさを抱えている。
資本主義からテクノ封建制へ
──利潤ではなく「地代」が経済を支配する
ヴァルファキスが描く現代経済の特徴はこうだ。
かつての資本主義では、
- 資本家が投資し
- 労働者が生産し
- 市場で競争し
- 利潤を得て再投資する
という循環が中心だった。
しかし現在のGAFAM(Google / Apple / Facebook / Amazon / Microsoft)を中心とする巨大テック企業は、必ずしも「生産」によって儲けているわけではない。
彼らが支配しているのは、
- 検索の入口
- アプリ配信のゲートウェイ
- 広告市場
- クラウドインフラ
- データとAIの学習基盤
といった “通行しないと生きていけない場所” そのものだ。
この構造は、利潤ではなく「地代(レント)」によって富が集中する点で、
資本主義というよりむしろ封建制に近い。
ヴァルファキスが「テクノ封建制」と呼ぶ理由はここにある。
マルクスとの比較:搾取の構造は「労働」から「データ」へ
ヴァルファキスの議論は、明確にマルクス経済学を下敷きにしている。
共通点
- 経済の中核に「搾取の非対称性」を見る点
- 市場取引の背後にある権力関係を重視する点
違い
- マルクス:工場労働が価値を生み、剰余価値を資本家が奪う
- ヴァルファキス:ユーザーの経験・行動・注意が価値を生み、プラットフォームが奪う
ここで彼が導入するのが、「経験労働」という概念だ。
これはマルクスに直接ある用語ではなく、
労働価値説をデジタル時代に拡張するためのヴァルファキス独自の整理と言ってよい。
テクノ封建制の搾取サイクル(本書の核心)
本書の議論を整理すると、構造は次のようになる。
① ユーザーは無償でデータを提供している(=経験労働)
検索、視聴、クリック、移動、投稿。
日常的な行動すべてがデータとして吸い上げられる。
② そのデータがクラウド領主(GAFAM)のAIを強化する
行動ログはAIモデルの学習に使われ、
予測精度・広告効率・ロックイン効果を高める。
③ AIはプラットフォーム支配を強化し、地代を増幅させる
強化されたAIは、競争を排除し、
App Store手数料や広告独占といった「通行料」を正当化する。
④ この構造により、ユーザー側の交渉力は限りなくゼロになる
データ提供は“自主的”に見えるが、
現実には代替手段がなく、事実上の強制に近い。
ここまでが、ヴァルファキスが明確に描いている第一段階だ。
ただし――ここからは私自身の見解
本書では十分に論じられていないが、
私はこの構造がすでに第二段階へ移行しつつあると考えている。
⑤ AIが学習した結果、ユーザー自身の労働市場価値が下落し、職を奪われる
- ユーザーが提供したデータでAIが学習する
- そのAIが労働を代替する(現時点では主にホワイトカラー)
- 結果として、データ供給者自身が市場から排除される
これは単なる搾取ではなく、
自己参照的・自己破壊的な搾取ループだ。
本書はここを明示的には描いていない。
執筆時点が生成AI前夜だったことも理由だろう。
しかし2025年現在、この点を抜きにテクノ封建制を語ることはできない。
ソリューションへの疑問
──民主化された企業は現実的か?
第7章でヴァルファキスは、
- 民主化された企業
- データのコモンズ化
- 市民によるプラットフォーム統治
といった理想的な対抗策を提示する。
だが正直に言えば、これらは 理念としては美しいが、実装の道筋が見えない。
- 一般社員の総意が合理的な判断になる保証はない
- 技術・経済の複雑さを大衆が理解する前提は非現実的
- 国際競争の中で民主的意思決定は遅すぎる
- 既存の巨大資本が自発的に権力を手放すとは考えにくい
インテリ左派にありがちな
「正しいビジョンを示せば人々は理解するはずだ」
という楽観が、ここには透けて見える。
それでも評価すべき点
とはいえ、本書が無価値だという話ではない。
- 現代経済の構造把握
- GAFAM支配の本質の言語化
- 利潤から地代への転換の指摘
これらは非常に有用だ。
特に、
「資本主義はすでに資本主義ではない」
という診断は、今後も参照され続けるだろう。
結論
『テクノ封建制』は、
世界の見方を更新してくれるが、
世界をどう変えるかについては宿題を残す本
である。
批判の鋭さは一級品だ。
しかし提示されたソリューションは、
理想主義的で、政治・技術・人間心理の現実を十分に織り込んでいるとは言い難い。
それでも、
「何が起きているのか」を理解するための地図としては、
読む価値のある一冊だと思う。
